読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

北海道苫小牧市出身の初老PGが書くブログ

永遠のプログラマを夢見る、苫小牧市出身のおじさんのちらしの裏

層・圏・トポス P85の定理11

なんか猛烈に進んだようなので、キャッチアップ第一弾です。

定理11の証明は書籍の説明のような感じなのですが、書籍中ではZがなんだか触れてなかったりZがいきなりlimに変わってたりするので、ちょっともやっとします。

ってことで、行間を埋めてもうちょっと書き下してみましょう。

全体像

大体以下のような感じです。


  • Dの極限を、lim Dとν_iで表す
  • i, j はDの対象。f_i,j は i→j なる射

証明

Z = C(X, lim D) と置き、Zを頂点とするコーンμ を μ_i(f) = f;ν_i で定義する。このとき、Zとuが極限となっていることを示す。

μがコーンになっていること

∀f∈Z について、 ( μ_i;C(X,D(f_i,j)) )(f) = ( C(X,D(f_i,j)) )(f;ν_i) = f;ν_i;D(f_i,j) = f;ν_j = μ_j(f) 、つまり、μ_i;C( X,D(f_i,j) ) = μ_j なので、コーンである。

射u:Y→Zの存在

∀Y∈|Sets|、∀τ:Yを頂点とするコーンに対して、射u:Y→Z で、「τ_i = u;μ_i」を満たすものが存在することを言う。

∀y∈Y に対して、τは圏Sets上のコーンなので、( τ_i;C(X,D(f_i,j)) )(y) = τ_j(y)である。整理すると、τ_i(y);D(f_i,j) = τ_j(y) となる。これは τ(y) が Xを頂点とする圏C上のコーンとなることを表しているので、極限の定義から、∃v_y:X → lim D s.t. τ_i(y) = v_y;ν_i が存在する。

これを使い、 u(y) = v_y と定義できる。すると、( u;μ_i )(y) = μ_i(v_y) = v_y;ν_i = τ_i(y) となり、このuが求めるuであることがわかった。

uの唯一性

τに対して、u'が「τ_i = u';μ_i」を満たしているとする。この時、u'(y);ν_i = μ_i( u'(y) ) = (u';μ_i)(y) = τ_i(y) なので、u'(y) も lim D の定義が要求する可換図を満たしている。よって、極限の唯一性より u'(y) = v_y が言える。よって、 u'(y) = u(y) 、つまり、 u'=u であり、uは唯一である。

結論

以上から、ZとコーンμはC(X,D-)の極限の性質を満たしている。P62の事実より、極限は全て同等なので、 Z ≃ lim C(X,D-) である。書き直せば、 C(X, lim D) ≃ lim C(X,D) となる。

Q.E.D.

ちょっとだけ補足

書籍で{*}に関して考えている可換図は、この証明で言うと y∈Y を一個だけ固定してるイメージです。書籍では、「各yについて{*}のような性質を満たすんだから、それを集めてY全体で考えても同じことが言えるよね」と話を進めてます。

lim C(X,D-) が存在する時に lim D が存在するのか

P85には、さらっと「右辺のlimが存在すれば左辺のlimも存在する」、つまり*1、「C(X,D-)が極限を持てばDも極限を持つ」と書いてますが、この記述は以下の2点から考えておかしい気がします

  • マックレーン本 P144の定理1から、任意のSetsへの関手は極限を持つ*2ので、C(X,D-)の極限である右辺は常に存在する
  • マックレーン本 P155の(1)がこの定理と同等の式だが、関手Fが極限を持つのが前提になっている
    • 竹内さんの本でも、Dが極限を持つことはP82定理9の前提だったはず

*1:"つまり"以下の解釈が間違えている可能性もあります。

*2:厳密に言えば小さい圏である必要があるが、竹内さんの本では大きい圏は扱ってないはず。