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北海道苫小牧市出身の初老PGが書くブログ

永遠のプログラマを夢見る、苫小牧市出身のおじさんのちらしの裏

2012年にニートになったこと

2012年のまとめとして、今年ニートになったことをまとめておく。

経緯

3月に転職して新しい職場に勤め始めたのだけど、業務内容が合わなくて適応障害を起こしてしまった。具体的には、マニュアルに従って進める大量の単純作業が合わなかったんだと思う。早朝覚醒が起き、通勤中呼吸ができなくなったり、勤務中突然涙が止まらなくなったりした。医師にも退職を勧められたので、親族とも相談して手遅れにならないうちにということで3ヶ月の試用期間で退職することにした。

ハローワーク関連

診断書が出たので、3ヶ月の給付制限なしで給付金を貰えることになった。と言っても、待機期間とかがあったりで実際にお金が手に入るのは1ヶ月以上後で、貰える額も少ない。貯金がなければどうにもならないだろう。

手続き的には基本的にハローワークの人は親切なので指示に従うとよい。最初の1〜2ヶ月は、指示に従ってハローワークに何度か足を運びつつ受給者初回説明会に出たりするだけで給付されるはず。その後は、求職活動の実績が必要だが、これもハローワークが用意してくれるイベントに出ていれば1〜2ヶ月は給付対象から外れることはないはず。と言っても、結局はそれに頼らず自分で求職活動するんだろうけど。

間違えちゃいけないのが、給付金は慰安とか休息目的ではなく、求職活動をするのための費用だってこと。なので、お金貰いながら少し休もう的な雰囲気は一切ないので、そういう期待はしないように。

ニート中の暮らし

家事をしつつ技術書を読んでた。失業した焦りがあるのとお金の余裕がないこととが重なって、遊ぶ気なんてまったく起きなかった。最初の一週間こそ、積ん読を解消する機会ができたと思って前向きに本を読んでいたが、失業という現実を前に、必ずしも収入につながらない自己啓発についてのモチベーションを維持するのは思っているより難しい。本当にこんなことをしていてよいのかという不安で集中できないことも多々あった。

貯金は日々どんどん減っていくので、家計は切り詰められるだけ切り詰めた。自転車で往復40分かかる激安スーパーに通って、自炊に勤しんだ。お陰で他の魚に比べるとかつおのタタキが安いということに気がついた。サクで買うのと調理済を買うのでどっちが得かとか、色々計算してた。後、定期も切れてたので交通費を削るのに10kmくらいの距離であれば都内でも歩いて移動した。幸い時間ならたっぷりあるわけで。

ということで、退職して少し休もうって思ってる人は、予めきちんと計画を練ってから実行しないと、想像以上に憂鬱な日々を送ることになる。金銭的な理由はもちろん、精神的な面でも、予めきちんとしたプランがないと、途中で不安に襲われてまともに休むことができなくなってしまう。

ニートの終わり

幸い、失業して1ヶ月ほどでたまたま知人(自分が失業していることは全く知らなかったらしい)から面白い仕事があるんだけどと声をかけられた。今考えても非常に面白い内容の仕事だったんだけど、案件の開始が数ヶ月先だったので、別途リクナビに登録して様子を見とくかなあと登録してみた。そこにプライベートオファーで声をかけて来たのが現在の職場(自分の素性はまったく知らずにオファーしてきたらしい)で、会って話を聞いてみるとめちゃくちゃ面白そうだったので即決。二次面接の連絡をメールしますねーと別れて数時間後に送られて来たのが内定通知書だったのには噴いた。ちなみに、そこが界隈で名の知れたスーパープレイヤーが揃ってる職場だと知ったのはその後のこと。

声をかけてきた知人にしても現在の職場にしても、捨てる神あれば拾う神ありなんだなあと心底思った。

なぜ大晦日にこんなエントリを書いたか

自分は極端にプライドが高い人間だし、こんな内容を書けば自分の評価が下がるだけだ。なのになぜこんなことを書くのか。

全く生産的な考えではないけども、メシウマというものは明らかに存在する。ニートの間、別のニートに会って難儀している話を聞いて安心したことも何度かあった。「幸福は「他人と比較して自分が裕福/優れている/美しい/健康」のときに現れる心理状態」という定義もあるように、他人の苦労話は精神衛生に少なからずいい影響を与えると思う。そういうこともあり、自分の身に今年起きたことを書き留めておいた。仕事がなくて辛い状況に置かれている人も、塞ぎ込まず前向きに過ごして欲しい。


今回の経験を経て、今日は出社するの面倒だなと思うことはあっても、半年くらい仕事休みになればいいのに、とは全く思わなくなった。